Wiener philharmoniker
ウイーンフィルの定期演奏会を聴きました。
12.Nov.2017
指揮 Semyon Bychkov
チェロ独奏 Gautier Capuson
会場を埋める聴衆はウイーンの昔からの伝統を保ってきた人たちです。
この日行われたようなコンサートに出席するのはかなりです。なぜなら古くからの定期会員はそうやすやすとその権利を手放さず、欠員が出ないからです。彼らは自分たちの知り合い同士で券を融通し合うので、チケットを買うことができるのはかなりの偶然になります。
この日のMusikverein Golden Saal(楽友協会大ホール)はオペラの聴衆とは違って少し排他的な印象を受けました。
男性では黒のスーツにネクタイが基本です。もちろんホール最後部の立ち見席だけは自由な服装ですが。
ショスタコーヴィッチのチェロ協奏曲。
ウィーン・フィルは伸縮自在な音色で若くて有能なソリストの演奏を丁寧に支えました。協奏曲が終わった後すぐにチェリストは短い曲を無伴奏でアンコールし聴衆の喝采を浴びました。
リヒャルトシュトラウスのアルプス交響曲。
夜から夜明けへと、徐々に眠りから覚める山々を描き出したこの曲は 天候の変化や雷鳴の轟き、荒れ狂う自然をいかんなく表現し、やがて 徐々に穏やかな山の姿に戻っていきます。
ウィーン・フィルの仕事で圧倒的に思えたのは、各楽器がそれぞれは独立していながら、集合体としては密接につながっている点です。楽器が変わっても異なる楽器の旋律の受け渡しに全くぎくしゃくしたところがなく、恰も1つの楽器のようにフレーズがつながっていくのです。
ヴァィオリンを始めとする弦楽器の集合体がまるでオブラートに包まれた1つの伸縮物体、生き物であるかのように自由に動き出します。それは楽器であって楽器でない、ひとつの途方もない息遣いに他なりません。これこそがこのオーケストラの実態です。こんなに繊細かつまろやかで、そのうえ強靭なオーケストラはなかなか聴けるものではありません。
満場を満たす聴衆は身じろぎもせず聴き入っていました。彼らの集中力は研ぎ澄まされ、演奏終了とともに凄まじい拍手!
この特別な仕事に参加する大勢の人たちは、疑いもなく良い魂の持ち主でしょう。このような音楽を日ごろ聴いて自分を高めている人たちが悪いことをするはずがありません。
Seelenklaenge vom Berg herab
山々からの魂の響き
有力紙Die Presse の評です。
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