2019 ウィーンオペラ Otello

No4 Otello 新演出


Adrian Noble  演出

Myung-Whun Chung 指揮


Aleksandrs Antonenko オテロ

Vladislav Sulimsky イヤーゴ

Olga Bezsmertna  デズデモーナ

Margarita Gritskova  エミーリア

Jinxu Xiahou(ジンクシャーハウ)カッシオ

Wiener Staatsoper 2019/6/20


新演出の舞台は極めてシンプル、黒を基調にした背景造作の配置は極端に少ない。

幕開きの群衆・合唱の場面ではいきなり彼らが客席に迫って凄い迫力を出した。


イヤーゴがオテロに悪計を垂らし込む場面では、彼の心理描写がより鮮明に

人間の性が持ついやらしさを、これはイヤーゴだけでなく万人がもつことなのだよとさらけ出して教える。

イヤーゴの落ち着いた演唱と奥深い演技は特筆されるべきものだった。


デズデモーナは弱声から最強音まで自在な表現を持っていて

演技の動きがきれい、あんなに自分を愛していたオテロの気待ちが遠ざかる哀しみと絶望をよく伝えて存在感が光った。


オテロは声が硬く一本調子になるところが多く残念だった。大柄な男で見栄えは良いのだが歌唱はいっぱいいっぱいで聴いていて切なくなる。


カッシオは柔らかくのびのびとした声。オテロの口車に乗せられて調子に乗ってくる芝居などもよく演じた。

このテノールは前回、セビッラの理髪師のアルマヴィーヴァを聴いた時も実力を感じた。中国人だが所作が違和感がない。何より発声が良いのでそのことで多少の演技のギクシャクは見事に中和されるのだ。


 Nobleの演出は前述のように白黒を基調にしたシンプルな舞台。人物の動きは音楽が優先して全く違和感がない。しかも斬新で物語をくっきりと浮かび上がらせる極めて印象的なものだった。


さて、ミュンフンチュンの指揮を初めて私が聴いたのは20年前のボローニャ歌劇場の「ドン・カルロ」だった。

東洋人の指揮者の棒なのに誇り高いイタリアのオーケストラ団員が、自分たちのヴェルディを奮い立って懸命に演奏し始めたのは本当に衝撃的を受けていることを鮮明に覚えている。

開演時間ギリギリで間に合った私は事前にプログラムを買えず、この指揮者が誰であるか分からなかったので後から名前を知って感銘を受けた。

その後パリ・バステイーユで彼の「オテロ」を聴いているが、

この日も指揮は鮮烈でよくオーケストラを引き締め、力強いヴェルディであったが歌手の抒情的場面では、直線的すぎてもっと歌手を自由に歌わせてほしいところもあった。

 しかしこの人のオペラ指揮の実力は東洋系ではウイーンで長く活躍したオザワを凌駕して随一と言えるでしょう。




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