L.サモシの脱力声楽メトード4

更新日:2020年11月8日

No.5

1970 年代の初め,長谷川は東京藝術大学の大学院オペラ科の宮沢縦一先生の授業でイタリアの生んだ名ソプラノ歌手ガリ・クルチの 1920 年代の演唱をレコードで初めて聴いたのです。彼女のアリアの歌声は、美しくはあったが全く頼りなげであり,テンポもリズムもあいまいで何よりふわふわしていて捕らえどころがなく,まさに気ままに歌っている印象でした。一緒に聴いていた友人たちが「何だこれは!」とでもいうように笑い出してしまったほどでした。ガリ・クルチといえば我が国でも戦前の SP レコード時代に,テノールのカルーソー,マッコーマック,スキーパとともに非常に人気のあった歌手です。このことは当時私たちが勉強していたことは彼らの世界とは全くかけ離れたところにあったのだと改めて感じさせられます。筆者の経験では若い声楽家たちはいまそこで重要と考え,こうでなくてはならないという歌唱の方法に突き進むものであり,他のものを排除していく傾向があるわけです。筆者は大学院修了後,副手,講師として大学に残りましたが,声楽技術の抜本的改革が自分の急務と考え,声楽芸術の本場であるイタリア,ドイツ,オーストリアへ留学してその解決を図ることになります。

 筆者がまだこのメトードの創始者であるラヨシュ・サモシ氏に師事して間もない 1974 年秋,師のレッスンの終盤,立った状態でイタリア古典歌曲の Sento nel core を Aussingen(仕上げの歌唱)した時,私の身体はかつてなかったような変化に見舞われた。それはそれまでの私の歌唱,すなわち張りつめた身体とぎこちない呼吸でのものとは全く違った感覚であり,自分ながら驚くほど楽々とした歌唱でした。殆ど自分自身では歌っていないような感覚で,全く抵抗がない状態で,自分の身体から次々と自動的にフレーズが歌い出されたのでした。またある時はレッスンを終えて自宅へ帰ったおり,いつも歌うのが難しいと自分で思っていたオペラアリアなどが殆ど抵抗なく無理なく歌えてしまうのです。考えてみると生徒がそのレッスンの後に身体の可能性が増して歌唱状態がどんどん向上していくということは,声楽教師の仕事であるレッスンのあるべき姿である。生徒は歌唱を良くしたい,良い声,正しい声で歌えるようになりたいと思ってレッスンに来るのだから,教師は生徒の出ない声を出させ,声を良くし,歌唱を上達させるのが当然の仕事である。このような経験が筆者には全く新しいものでした。声楽のレッスンといえば,生徒自身がその日に歌える限りの声を出し,目立つ発音や発声の欠点を修正されるだけのものが多かった。それに対してサモシ父子のレッスンのように,トータルな身体と精神状態を根本的に変化させることが出来るこのような経験が私には東京でもウイーンでもドイツでもイタリアにおいてもまるでなかったのです。私が師事した教師たちは皆高名で一流と言われた人たちばかりであったにも拘らず、です。

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